デス・オーバチュア
第154話「正義の騎士(ナイト・オブ・ジャスティス)」




時間は少し遡る。
オッドアイとルーファスの戦闘が開始されてすぐに、イヴはその場を離れた。
戦闘中の二人は勿論、戦闘を見守っているタナトスも舞姫も、誰一人彼女の行動に気づかない。
正確には、彼女の行動以前に存在すら誰にも気にされていなかったのだ。
イヴは、ルーファスの張った光輝結界の境にまで到着すると、何もないかのように光輝の壁をあっさりとすり抜ける。
「実に見事な結界です、流石は光皇様……」
イヴの右手に、攻城用の巨大ハンマーが出現した。
「ですが、それゆえに無力な存在にはすり抜けられる可能性がある……」
大量の足音、蹄の音が響いてくる。
「まあ、上から下から、これだけの怪異が続いてはどれだけ愚鈍でも気づいて当然ですね……寧ろ、反応が、対応が遅すぎるぐらい……」
ホワイト地下迷宮の最下層から撃ちだされ天を穿った暗黒の柱、空を埋め尽くし夜を招いた巨大な飛行物体……他にもリューディアによるレミングミュージックやメイズメイキング等々、異常は数え切れない程起きていた。
「聖騎士……白馬の王子様……?」
やってきたのはイヴの予想通り、ホワイトの聖騎士団である。
「危ないですよ、お嬢さん、こんな所に一人で居ては」
イヴの目を引いたのは、聖騎士達を率いている青年だった。
白馬に乗った、見事なプラチナブロンドに、ダイオプサイド(輝く緑)の瞳をした美貌の青年。
他の聖騎士達とは、美貌、高貴さ、何もかもが一線を駕していた。
「今、この街には恐ろしい怪異が起きています……恐らく魔性のモノの仕業に違いない! ですが、安心してください! 例えどんなに強く邪悪な魔物が居ようとも、この街は私が必ず守ってみせる!」
美貌の青年は爽やかな笑顔を浮かべて宣言する。
「フフフッ、頼もしいですわね、騎士様。ところで、騎士様、魔物ってどんな姿をしているのでしょうね?」
「そうですね……きっと、その邪悪で真っ黒な心根を具現化したような、醜悪な姿をしているに違いありません!」
「まあ、恐ろしい……では、騎士様、私はこれで……」
イヴはわざとらしく怖がってみせた後、白馬の聖騎士の横を通り過ぎようとした。
「ええ、早く家に帰られた方がいい。そうだ、物騒ですから一人護衛に……」
「あら、それには及びませんわ。だって、私……」
イヴは聖騎士達の中心で足を止める。
そして、巨大ハンマーを大地に叩きつけた。
「なああっっ!?」
直後、大地が崩壊し、馬ごと聖騎士達が大地の亀裂に呑み込まれていく。
「くっ!」
逃れることができたのは、イヴが一番注目していた白馬の聖騎士一人だけだった。
イヴは、亀裂の中心に、そこに地面が残っているかのように浮いている。
「……だって、私、魔物ですから」
イヴは、一人だけ生き残った青年に上品で軽やかな笑顔を向けた。



「不覚でした……まさか、貴方のように美しい方が魔物だったとは……」
純白に青で美しい模様の描かれた爽やかで高貴なイメージのする鎧を纏った美貌の青年は、苦悩するように頭を抱えた。
「私の甘さが部下達の命を奪ってしまった……ああ、なんという悲劇だ……」
とてもわざとらしく見えたが、あまりにもわざとらしすぎて逆に演技とは思えない。
彼は本気で苦悩や後悔をしているようだった。
「……本来、女性に向ける剣は持っていませんが……貴方が魔物だというのなら仕方ありません……」
ダイオプサイド(透輝石)の瞳が切なげにイヴを見つめる。
「我が名はセイルロット。ホワイト第七王子として、聖騎士団団長として、祖国の平和とこの世の正義を守るため、貴方を退治させていただきます!」
セイルロットはビシッとイヴを指差した。
「なるほど、本当に王子様でしたのね、通りで……それにしても、セイルロット? どこかで聞いたことがあるような……」
「参る!」
セイルロットは長い髪を風になびかせながら駆けだす。
彼は素手でイヴに挑みかかったのだ。
というより、彼の腰にも背中にも剣らしきものはない。
剣一つ形態していないのは騎士として不自然にイヴには思えた。
「素手で私と闘うと?」
「剣ならあります! 正義を貫き、悪を滅するための聖なる刃が! 我が心の中に!」
セイルロットの両手の袖口から剣の『柄』だけが飛び出る。
「ホーリーセイバー!」
セイルロットが握りしめると同時に、白い光が柄先から噴き出し、剣の刃を形成した。
「っっ!」
生まれたばかりの白い双剣の攻撃を、イヴは辛うじて後方に跳んで逃れる。
「やりますね、私の剣をかわすとは流石は魔物……」
「魔力剣?……いえ、神聖な光の剣……?」
おそらくあの刃は、彼の生命力や精神力といったエネルギーを物質化したモノだ。
しかし、それにしては、力の質がやけに『神聖』過ぎる。
天使や神族ならともかく、人間の闘気や魔力といった力があんな神聖な属性を持つとは考えられなかった。
「別にこの剣自体は大して珍しいものではありません。使用者の闘気や魔力……つまり生命力を物質化しただけのものです」
イヴの疑問を察したのかのようにセイルロットが答える。
闘気や魔力というのは生命力の表、体外に出しやすい力のことだ。
生物は生命力が尽きれば命を失う、だからそういった源泉ともいうべき力はそのまま使わず、生命力の余剰分である闘気や魔力という形で放出したり、物質(具現)化させるのが剣術、格闘術、魔術の基本である。
闘気や魔力の区別は、剣士や格闘家が使うのが闘気、魔術師が使うのが魔力といった具合に同一のエネルギーの別の呼び名という考え方も、純粋なエネルギーが闘気、魔属性のエネルギーだった場合魔力という考え方もあり、明確に定まってはいなかった。
魔族の場合はシンプルで、彼らの力は闘気(気)だろうが、魔力だろうが、全て魔の属性を持つため、人間で言うところの前者の考え方(同一の力の別呼び)が一般的である。
要は、剣や拳、体術を通して発する力を闘気、魔術や魔法を行使する際の力を魔力とした。
もっとも、こういう細かいことを気にするのが嫌というか、面倒だったのか、魔力も闘気も、源泉の力である生命力も、全てのエネルギー、力をひっくるめて『エナジー』と呼ぶ場合が多い。
「機械国家パープルで売られている玩具のような武器と大まかな原理的は同じものです」
セイルロットは答えながら跳躍し、イヴに斬りかかった。
「つっ!?」
イヴは後方に跳んで逃れようとしたが、体だけかわすのが精一杯で、攻城用ハンマーは切り刻まれてしまった。
「やはり、こんな大味な武器では、あなたのような実力者には失礼でした……」
イヴは柄だけになってしまったハンマーを投げ捨てる。
「では、少しだけ本気でお相手させていただきます、騎士……いえ、王子様」
イヴの両手にそれぞれ柄の短いハンマーが出現した。
さっきまで使っていた攻城用の無骨なハンマーと違って、とても可愛らしいというか、女の子の玩具のようなカラーリングとデザインをしている。
「ふむ、そちらの方があなたに似合っていますよ。まあ、少し、あなたには少女趣味すぎる気もしますが……」
「フフフッ……」
イヴがクルクルとハンマーを回転させると、柄が伸び二本とも長柄のハンマーと化した。
「では、参ります、王子様」
イヴがハンマーをセイルロットに向けると、円柱形(槌)から突き出ている柄の先端からマシンガン(機関銃)のように弾丸が撃ちだされる。
「なんと!?」
セイルロットは休むことなく撃ちだされ続ける弾丸を、二本のセイバーで全て捌いていた。
「驚きましたね、まさか銃器だったとは……」
「地上ではまだハンドガンの普及や小型化に難儀している段階でしょう? これがサブマシンガン(短機関銃)、そして……」
イヴは発砲をやめると、ハンマーをクルリと半回転させる。
ハンマーが渦状に高速回転しだしたかと思うと、柄先から先程とは比べものにならない勢いで大量の弾丸が撃ち出された。
「これがガドリング砲というものです」
「おっと」
流石に今度は弾丸全てをセイバーで捌ききれないと判断したのか、セイルロットは跳躍してかわす。
イヴは、宙に逃れたセイルロットを、ハンマーの砲身で追った。
その間も弾丸は休むことなく撃ちだされ続けており、射線上にもし建物が残っていたら、無惨に破壊されていたことだろう。
「あら?」
イヴの視界からセイルロットの姿が消えていた。
弾丸は何もない虚空を撃ち続け、すぐに弾切れになる。
「後ろから失礼しますよ」
「ふっ!」
イヴは振り向きながら、逆手でハンマーを振った。
確かな手応え。
イヴがハンマーでかっ飛ばしたのは、投げつけられたセイバーだった。
数メートル先に、残る一本のセイバーを左手で持ったセイルロットが立っている。
「では、次はこちらが射撃させてもらいますよ、お嬢さん」
セイルロットは迷うことなく最後のセイバーを投げつけた。
所詮は投擲、かなりの速さではあったが、イヴは余裕で跳躍してかわす。
だが、予想外の『追撃』があった。
宙に浮いたイヴの目前に、三本のセイバーが迫る。
イヴは辛うじて、二本のハンマーでセイバーを全て叩き落とした。
「くっ!?」
イヴは着地と同時に背後に跳び退がる。
イヴの着地点であり、跳躍点であった大地に六本のセイバーが突き刺さっていた。
「お見事です、よくかわしましたね」
セイルロットは変わらぬ位置に立ったままである。
「……いったい、何本あるんですか、その剣は……?」
「所詮は玩具ですので、予備は多く持っているんですよ。まあ、貴方の弾丸の数よりは少ないと思いますよ」
言っている傍から、セイルロットは片手で三本ずつ、計六本のセイバーを投げつけてきた。
「はあっ!」
冷静に判断すれば打ち落としきれない数でも速度でもない。
イヴは二つのハンマーで飛来する全てのセイバーを叩き落とした。
「お返しです」
二本のハンマーの円柱形(槌)の打撃面に穴が空き大砲と化したかと思うと、爆音と共に砲火される。
「せいっ!」
セイルロットは二発の砲弾を切り捨てながら、イヴに向かって駈けた。
「寄らないでください!」
ハンマーの柄先が爆発的に伸び、迫るセイルロットを貫こうとする。
「そういうわけにもいきません!」
セイルロットは伸びてきた柄を踏み台にして高く跳躍した。
「ホーリーシャワー!」
イヴの上空に到達したセイルロットは、セイバーを大量に真下に放る。
投擲、狙いをつけて投げるのと違って、真下に捨てるだけなので一度に放てる数に限界はなかった。
数十発のセイバーが雨のようにイヴに降り注ぐ。
「くっ!」
イヴは二本のハンマーの柄を連結させて、両先端に円柱形(槌)を持つ長柄のダブルハンマーを作り出すと、頭上で回転させた。
高速回転するダブルハンマーが『傘』となりセイバーの雨を凌ぎきる。
「これで流石に弾切れ……」
「ホーリーセイバー!」
セイバーの雨が途絶え直後、セイルロット自身が弾丸のように急降下してきた。
二本のセイバーが振り下ろされる。
激突の衝撃で、セイルロットとイヴの両手から、互いの武器が弾き飛ばされた。
「まだ残っていたんですか……?」
「さっきのが最後の二本です」
セイルロットは答えながら、地面に転がっていた柄を両手でそれぞれ一本ずつ拾う。
柄はセイルロットが握った瞬間、再び刃を形成し剣と化した。
「そうですか……」
床に転がっていた二本のハンマーが独りでに浮かび上がり、イヴの両手にそれぞれ戻る。
「……私の方も実弾はつきました。では、お互いに準備運動を兼ねた遊びはこれくらいで終わりにしましょうか、王子様?」
「流石ですね、気づいていましたか……では、私も本当の剣を……おや?」
その時、凄まじい黄金の光が天を貫くのが見えた。











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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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